ピンクフロイドの名盤「狂気」を全曲解説

和男のロック名盤解説第2弾は、誰もが知る名盤、1973年リリースの、ピンクフロイドの狂気(原題:The dark side of the moon)

累計売り上げはなんと5000万枚以上。これはマイケルジャクソンのThrillerに次ぐ歴代2位の記録である。また、Billboard200に741週連続でランクインし続けたり、カタログチャートでは30年以上ランクインし続けるなど、ロングセラーの面ではギネス記録を誇っている。

ちなみに何故「狂気」の原題が”The dark side of the moon”なのかについてだが、月は欧米では狂気の象徴とされているのが原因だそう。日々の生活に潜む人々の狂気がテーマに構成された、ロジャーウォーターズの文才とプログレッシブなサウンドが光るコンセプトアルバム。今回はこちらを解説していこうと思う。

アルバム全体の解説

まず、あまりにもインパクトのあるこちらのジャケットについて。左から差し込んできた光が中心のプリズムによって屈折し、虹色の光となっている様子だ。この妙に抽象的なジャケットも、このアルバムの前衛的な世界観とマッチしている。それとこの虹色の光、よく見ると7色ではなく6色であり、イギリスを感じられる配色となっている。(イギリスやアメリカでは虹は6色とされている)

次に収録されている曲について。このアルバムはコンセプトアルバムであり、歌詞もサウンドも一貫したテーマを持っており、どちらも超特徴的である。歌詞に関しては、先述の通り人々の狂気がテーマであるが、常軌を逸したような狂気ではなく、ドアーズのThe End(父親殺し、母親との姦通などが描かれた問題作)のようなものとは少し違う。日常生活における憂鬱が少しずつ人々を狂わせるといったストーリーを哲学的に表したような歌詞という表現がふさわしいだろう。この世に生を受けて心臓の鼓動が始まり、2曲目のBreathで主人公が成長し、日々の憂鬱に悩まされながら徐々におかしくなり、9曲目のBrain Damageで狂気が爆発し、最後心臓の鼓動が弱まっていって死ぬ。そういった狂人の一生を描いたアルバムなのではないかと思った。具体的な歌詞に関しては後程解説する。

サウンドに関しては、素晴らしいの一言である。デヴィッド・ギルモアのボーカルも含め、静かで壮大で聴くものを包み込むような、宇宙を感じさせるサウンドで、似たようなアルバムは私の知っている限りこの世に1つもない。本当に唯一無二のサウンドである。また、メンバーの演奏に様々な効果音が追加されているのも特徴である。Timeという曲には時計の音、moneyという曲にはレジの引き出しを開けた時になるカシャーンという音など、曲に合ったSEをたくさん使い、ストーリーを巧みに演出している。

それでは、各々の曲を解説していこうと思う。

収録曲解説

1.Speak to me

最初の10秒ほどは無音で、徐々に心臓の鼓動が大きくなっていくという、再生した瞬間に「只物ではないぞ」と思わせるような始まり方をする。ちなみにこの心臓の鼓動は、実はニックメイスンのドラムの音だそう。こんな音ドラムで出せるんだな。

曲の後半からは、レジの音や時計の音、不敵な笑い声など、この先の曲に使われているSE達がいっぺんに鳴りはじめ、怪しい雰囲気を醸し出す。この曲に歌詞はないが、かすかに「俺は狂っている」みたいなことをブツブツ言っている声が聞こえる。

2.Breath(in the Air)

母親が子供に対して「息をしなさい」と語りかけているところから始まる。前曲のSpeak to meは主人公のセリフで、それを受けて母親がBreath in the Airと息子に話しかけたといったストーリー性が感じられる。「見るもの触れるものすべてが人生の一部となる」、「死は一瞬で訪れる」というようなメッセージが込められた歌詞である。

このアルバムの中で一番有名な曲はおそらくMoneyだろうが、わたしはこの曲が一番好きである。ゆったりとしたサウンドがめっちゃ良い。

3.On the Run

Breathが終わると間髪入れずに始まる。先ほどとは打って変わってアップテンポなシンセサイザーな音が流れ、タイトルにあるように走っている感じを出す。歌詞で流れている声は、入国審査を待つ人に向けた空港でのアナウンスであり、曲の途中からは飛行機のジェット音が鳴り響く。

そして、最後に飛行機の激突音が鳴ると静まり返り、この曲は終わる。この激突音は死を表しており、「人生は忙しく、そうこうしているうちにすぐに死を迎えてしまう」というメッセージが込められているのではないかと私は考えた。ちなみにこの飛行機激突のシーンをライブで演奏する時は、模型の飛行機を実際に軽く爆発させるようだ。生で見てみたいものである。

4.Time

目覚まし時計とチャイムの音から始まり、開始から2分半もずっと効果音と怪しいメロディが鳴り続ける。人は時間を無駄に過ごしてしまい、時間の大切さに気付いた時には、お前はもう死に直面しているという、戒めを込めた残酷なメッセージが歌詞に込められている。

開始3分半から始まるギターソロは有名である。超絶技巧タイプのリフではないが、リズムが不規則なので正確に演奏するのは難しいだろう。曲の最後にはまたもやBreathのメロディーが流れるが、歌詞は変わっている。Breathでは命が宿ったばかりの赤子が描かれていたが、ここでは死を前にした老人が家で体を温めたいと願う様子が描かれており、Breathとの対比構造が作られている。

5.The Great Gig in the Sky

A面のラスト。「死ぬのは怖くない。いつか君もそう思うようになる。」という内容の語りの後、女性の嘆くような歌声が響く曲。死を前にして悟りを開いた男の語りとともにA面が終わるというなんとも美しい構造となっている。

6.Money

カシャーンというレジスターの音とともにB面の幕が開く。当時はサンプラーが無かったため、レジスターの音を録音してはテープを切り取って、演奏テープに貼り付けるという作業を繰り返したそう。そのせいでレジスターの音の合成に完成するのに1か月もかかったとか。(サンプラーを使えば、一度録音したらあとは録音した音をサンプラーで流すだけでいいのですぐ終わる)

今までの曲は静かで壮大なメロディーで、歌詞も死に関する重たいものが多かったが、打って変わってキャッチーなベースラインとともに明るいメロディーが流れ、歌詞も、お金をユーモアを交えて批判する軽い感じのものである。「Money,Its a gas」で「金は愉快なものだ」という意味になるのが面白い。スラングは奥が深いね。

7.Us and Them

この曲も今までとは毛色の違う曲である。サックスのソロパートがあってジャズっぽいメロディとなっており、前衛的な感じはしない。歌詞も戦争の無意味さを批判するという内容で、重たい内容ではあるが、今までの歌詞とは少し異なる。当時ベトナム戦争の真っ最中であり、Have you ever seen the rainやGimme shelterなど、ベトナム戦争の反戦歌がたくさん作られていた。これを受けて、ウォーターズも反戦的な曲を作ったのだろうか。

Usは私たちのことで、Themは彼ら、つまり敵のことであり、UsもThemも所詮普通の人であると書かれている。勝利、敗北。戦争とはそれの繰り返しに過ぎない。残るのは黒い痣だけである。このことは全人類が胸に刻んでおくべきである。

8.Any colour you like

語りも何もない純粋なインストゥルメンタル曲。どのような意図が込められているのかはよくわからない。ただ、曲の前半部分でシンセサイザーが不協和音を奏でていてどこか普通じゃない感じがしたり、タイトルにAny Colourとあることを考えるに、LSDを使用したときに現れる恍惚とした幻覚症状を表現しているのではないかと考えた。それならば、狂人の一生というアルバムのコンセプトにもマッチする。

9.Brain damage

最後から二番目の曲ではあるが、このアルバムのクライマックスのような曲。狂人になりかけていた自分がついに本物の狂人となってしまう過程が描かれている。最初は「狂人が芝生の上にいる」という歌詞だったが、曲が進むにつれ「狂人が広間にいる」「狂人が僕の頭の中にいる」と段々と狂人が主人公に近づいていく。そして最終的には狂人が主人公を乗っ取ってしまい、今まで主人公視点で書かれていた歌詞は、狂人視点で書かれるようになる。(最後の方は主人公を「僕」ではなく「君」呼んでいる。)

この曲の最後の歌詞「君のバンドが違う曲を演奏し始めたら、僕と君は月の裏側で会おう」は、ピンクフロイドの元メンバー、シドバレットがウォーターズに語り掛けているところを想定して書かれた歌詞だろう。シドはピンクフロイドの成功とともに精神を病んでしまい、「狂人」となってしまった。ウォーターズ自身非常に気難しい性格で知られており、日々の暮らしに色々とストレスを感じていたのか、自分もいつかはシドのようになってしまうだろうと心のどこかで思っていたのではないか。それで、君のバンド(ピンクフロイド)が違う曲を演奏し始めたら(理想とはかけ離れたものになってしまったら)シドと月の裏側で会おう(ともに狂気の世界の住人となろう)という歌詞を書いたのではないかと私は考えた。

10.Eclipse

邦題は狂気日食。最後の「太陽のもとですべては調和しているが、月は太陽を隠す」という歌詞がまさに狂気日食であり、この曲における最も重要な部分だろう。太陽は理性、月は狂気を表しており、人間は理性によって合理的な選択をしながら正しく生きることができているが、日々の憂鬱によって生まれた狂気は、理性を完全に奪ってしまうのだという意味だと考えられる。理性と狂気の関係を、太陽と月に準えてここまで詩的に、そして的確に表現できるウォーターズの作詞力には舌を巻くものがある。

以上が、ピンクフロイドの名盤「狂気」についての解説と私見である。このアルバムは歌詞が哲学的なだけに、解釈が人によって分かれやすい。是非とも様々な意見を聞いて吟味したいので、もしこの記事を読んで「私は異なる理解をした」という方がいれば、コメントで教えていただきたい。